OISHII-ICIBAN-JAPANとは

創業の想い

■創業の想い

「人が人を大切にする社会をつくる

国籍、人種、宗教、障害、病気に囚われず全ての人が幸福になる為に

食から始まる世界平和」

OISHII-ICIBAN-JAPANは、大志を持ってこのサイトを開設しました。

それは、「食」という業を通じて世界中の人の心が感動と笑顔で結ばれること。全人類が「地球人」としてひとつになり幸福になることです。

国籍、人種、宗教が違えど、お互いが認め合い、慮り、世界中の人が笑顔で幸福に暮らせる共生の世界にしていきたい。日本には、「和をもって尊しとなす」という聖徳太子の言葉があります。これこそが日本の精神文化の原点です。「和」は、なごみとも読み、「和食の和」「調和の和」「平和の和」でもあります。「和」とは、みんなと仲良くするということだけではありません。迎合することなく相手を理解しそのうえで主座を保つということ、すなわち竹のようにしなやかで強い心を持つことです。そのうえでみなと話し合うということが大切なのです。

日本人が世界に伝えていかなければならない日本の精神文化とは、この「和の心」と「感謝の心」です。このサイトが「和の心」、「感謝の心」という日本の精神文化でもある「利他の心」の伝道の場となることを目指します。テロが世界中で勃発し世界の情勢が不安定で人々の気持ちに暗雲が立ち込めつつある今こそ、「食」という業を通じて人の心が感動と笑顔で結ばれ全人類が「地球人」としてひとつになり幸福に向けて循環し世界が平和になることを心から願います。

■はじまりのヒストリー

それは、ある少女のものがたりから始まります。

2009年9月、少し前から体調が悪かった少女の顔色は、どんどん白くなって行きました。手の掌をみると全く血の気がないセルロイドのような真っ白の手でした。病院での骨髄検査の結果、「急性リンパ性白血病」という診断を受けました。15歳の秋でした。

家族は、突然降りかかる生死にかかわる出来事に大きく動揺しました。特に母親の悲しみ、苦しみは大きく、声をかけることすら憚られるものでした。

「なぜ」「どうしてうちの子ばかりが・・・」「何の罪もない優しい娘なのに・・・」

号泣という言葉に収まり切れないほどの悲しみでした。

なぜなら、4人姉妹の4女に当たる少女の家族には、心の病を発症し、一人では生活できない重度障碍者の長女をすでに抱えていたからです。

長女に続いての少女の発病、しかも命にかかわる病名に、「どうしたらいいの?どうしたらいいの?」と母親は、ただ声にしながら泣く事しか出来ませんでした。泣いて、泣いて、泣いて涙が枯れて心が空っぽになった時、悲しんでいる場合ではない、本当に大変なのは本人なのだからと母親は、気づきました。

母親は、治療中二度と泣かないと決めました。そして、少女も治療中一度も涙を流しませんでした。

そして、父親も悲しみに翻弄される家族を太陽に様に照らして続けていきました。根拠もないのに「絶対元気になる」と信じているその普段通りの明るさは、信ずることの大切さを教えてくれました。ともすれば不安に押しつぶされそうになりながら家族は、少女の病気と一日一日と闘っていきました。 そんな中での気づきは、家族の大切さでした。家族は、人としての一番小さな単位でつながれた愛のあつまりです。家族を思う思いやりの心は、両親から、祖先から恩送りとして縦糸で繋がれており、これからも未来に向けてつながっていくのです。

少女は、告知からたった3日で大阪の基幹病院、小児がん病棟のベッドの上にいました。

少女が入院した小児癌病棟は、「移植」なんて日常茶飯事、生死にかかわることが毎日おこるという厳しい環境でした。

そんな病院での唯一の楽しみは、「食べること」でした。

決して美味しいとは言えない病院のお食事を子供たちはとても楽しみにしていました。鬱屈を晴らすために、同室の子らとベットの上でグルメ雑誌を開きながら「元気になったら、ここに食べに行きたいね」と語り合っているのでした。

2009年12月24日 病室でのクリスマス。

この子たちにひと時なりでも楽しい思いをさせてやりたい。思いついたのは、寿司パーティでした。手巻きに始まって、握りずし、軍艦。小学生で上手につくれるのかなという思いとは裏腹にとても上手に作っていきました。いつもつくられたものばかりを与えられている子供たちにとって「自らがつくる」という体験は、とても新鮮だったのかもしれません。子供たちは、満面の笑顔。とても賑やかで心温まる感動の時間でした。

人がお腹を満たすための「食」という行為は、その子たちにとって、「生きる希望」であり「明日への勇気」だったのです。そして、「食」には、未来への夢が一杯に詰まっていたのです。

世界中のすべての人はみんな、幸せになりたいと思って生きています。この世に生を受け、不幸せになりたいと生きている人なんて誰ひとりいません。
その思いは、病気で余命いくばくかという子供達であっても障害で身体の自由が少ない人達でも知的水準が低くて沢山の事が考えられない人たちでも皆同じなのです。「食」を通して世界中の人を幸せにすることを元気にすることを自このサイトの「役割」とします。
そして、日本に来ていただき、オイシイイチバンジャパンを通じて「和の心」「感謝の心」を感じ、日本の精神文化に触れていただきたいと思います。旅先におけるそんな小さなふれあいがその国や人を知ることとなり、「笑顔」と「感動」が産まれ、「食」を通じての世界平和につながることを願っています。

■日本人の原点は「和の心」と「感謝の心」

日本人が日本人として大切に思い、守ってきたものは「和」の心と「自然の尊重」です。
日本にははっきりした四季があり、周りを海で囲まれ、緑豊かな急峻な山があります。
日本人は八百万の神々を信仰し、自然の中に神々がいるという畏敬の念を抱いて生活してきました。

豊かな緑が海を潤し、その海が豊富な魚を育てるように、
日本人は島国の中でお互いに「おもいやりの心」「足るを知る心」を大切にしてきました。
四季のはっきりした豊かな日本の自然が「和」を尊ぶ心を育んできたのです。
日本人の食事もこの豊かな自然が生み出してくれる「海の幸」「山の幸」があったからこそ、
その旬を味わい素材の持つ味、香りを最大限に生かした調理法で料理をしてきました。

その日本の和食が、世界文化遺産に登録されました。
和食が「自然の尊重」という日本人の精神を体現した、食に関する社会的慣習として評価されたからです。
豊かな自然からいただいた「海の幸」「山の幸」の食材の持ち味の尊重すること、
四季の自然の美しさや季節の移ろいを表現した盛り付け、
また、和食は、「和」(なごみ)の場としての正月行事や自然への感謝を表した年中行事にも密接なかかわりがあるのです。
日本の精神文化の原点は、「和の心」と「感謝の心」です。

そして、日本の和食の中でも、世界中の人に愛されているのは「お寿司」。
お寿司は、和食の代表選手なのです。
お寿司を通じて、日本の本来持っている良さを世界に発信し、
世界中に「和の心」「感謝の心」が広がることを願っています。

■食前・食後の挨拶「いただきます」「ごちそうさま」

日本では、食事のときに「いただきます」「ごちそうさま」と合掌しあいさつをします。
「合掌」とは、右手が、仏の手。左手は、私の手。
右と左の手を合わせることにより自分の中の仏と一体になるということです。
そして、手を合わすということは、
人に合わせ、ものに合わすという「調和の心」のことです。
「いただきます」「ごちそうさま」には、
日本人の考え方や食文化が色濃く反映されているのです。

■「いただきます」の意味

感謝を込めて、両手を合わし「いただきます」といいます。
食事を始める時の「いただきます」には、2つの意味があります。

●1つめは、食事に携わってくれた方々への感謝です。
料理を作ってくれた方、配膳をしてくれた方、野菜を作ってくれた方、
魚を獲ってくれた方など、その食事に携わってくれた方々へ感謝のこころを表しています。

●2つめは、食材への感謝です。
私たちが食している肉や魚はもちろんのこと、植物にも命があります。
「いただきます」は、「あなたの命をいただいて私の命に代えさせていただきます」
という意味なのです。
毎日の三度の食事のたびに「いただきます」と手を合わすことは、
命の尊さに感謝する大切なことばなのです。

■ごちそうさまの心

ごちそうさま」を漢字で書くと「御馳走様」。
昔は今のように冷蔵庫もスーパーマーケットもありませんから、
食材を揃えるのは大変なことでした。
「馳走」は走りまわるという意味で、
食事を出してもてなすために奔走する様子をあらわしています。
そして、いろいろな苦労をして食事を準備してくれた方への感謝を込めて「様」がつき、
食事のあとに「御馳走様」「御馳走様でした」と挨拶するようになったのです。

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