■山添村とは

 

自然あふれる「山添」は、起伏にとんだ山肌と霧が多く発生する大和高原の一角にあり、

三重県名張との県境に位置しています。

夏は、さわやか夜は涼しく冷房がいらぬほど、春は、天の日差しをたっぷりと浴び、

冬は、わずかに積雪が見られ、四季の移ろいを感じられる過ごしやすい気候風土に恵まれています。

村の80%が自然情緒あふれる山々に囲まれており、農業と林業、近年では、お茶の栽培が盛んです。

山々に囲まれた風景の中に広がるきれいに整えられた茶畑は、まるで芸術作品のような美しさです。

鉄分、ミネラルを多く含んだ山添の粘土質の土は、豊かな栄養素を含んだ山添のお茶を育んでいます。

そして、この天と地の恵み豊かな土地「山添」は、縄文時代の昔から人々の営みが行われてきた場所なのです。

布目ダムの水底には、今なお縄文の遺跡が静かに眠っています。

 

■山添のふしぎ伝説 ~その壱~

 

【神の山の天狗伝説】  神野山には、昔から赤天狗が住んでおり、

その住処の大きな杉の木が一本生えているだけの禿げ山だったらしい。

そのとなりの伊賀の国にある青葉山には、青天狗が住んでおり、

そこは、緑豊かに草や木が生い茂り、まるで庭園のようだったという。  

神野山の赤天狗と青葉山の青天狗。ある時、些細なことからけんかを始めた。

怒り収まらぬ青葉山の青天狗は、神野山に向かって草や木を手当たりしだい投げつけ、

大きな大きな山の岩をも堀おこし力の限り投げつけて来たそうだ。

神野山の赤天狗は、ひらり、ひらりとかわしていると、伊賀の青天狗は、怒り心頭、次々と岩をなげてくる。

けんかの終わった頃には、青葉山には草木や岩が無くなって、禿げ山になり、

神野山は飛んできた岩が谷を埋め尽くしている鍋倉渓ができ、

山の頂上まで緑あふれる草木が生い茂り、五月にはつつじの花が咲き乱れる美しい山になったそうだ。

この大きな黒い岩がごろごろと積み重なっている「鍋倉渓」は、

奈良県指定の天然記念物になっておりパワースポットとしても有名な観光スポットとなっている。

山添は、今なお天狗さんにまもられている神秘の場所なのです。

 

■山添のふしぎ伝説 ~その弐~

 

【絵から出た牛伝説】

山添村中峰山(ちゅうむざん)は、おだやかな山並みに囲まれた静かな里である。

昔、この村にひとりの絵師がふらりとやってきた。

粗末な身なりで、持っているものは絵筆の入った包みだけ。

絵師はその夜の宿を探していたが、村人は皆用心して戸を閉ざしていた。  

困った絵師がとぼとぼと歩いていると、「ゴーン、ゴーン」と、寺の鐘の音が聞こえた。  

「そうだ。今夜は、ひとつ、あのお寺に泊めてもらおう」と、さっそくその寺を訪れた。  

お寺の和尚さんは快く招き入れ、男が旅の絵師と聞くと、

「どうじゃな、ここに二、三日泊まって、絵の一枚も描いてくださらないか」といった。  

絵師はこの山寺に泊まることになった。 

ある晩のこと、絵師は近くの神波多(かんはた)神社の白壁に、絵筆を握るや一気に描きあげた。

それは、たくましい見事な牛の絵だった。そして翌朝、絵師は静かに寺を去った。  

やがて秋になり、稲刈りが始まった。ところが、不思議なことに、稲は刈った後、

稲架(はさ)に架けて乾かすのだが、その稲が毎晩盗まれるのだ。  

村は大騒ぎとなり、寝ずの番をして稲盗人(いねぬすっと)を捕まえることにした。  

さて、いよいよ、真夜中。どこからかゴソゴソと音がし、黒い影が見えた。  

村人が近づくと、黒い影はさっと逃げ、神社の境内に消えた。

そして村人は稲盗人の正体を見て驚いた。

何とあの絵師が白壁に描いた絵の牛だった。  

「うーん、これは困った」。村人は相談し、絵師を皆で探すことにした。

やっとのことで絵師を見つけ出した。 

絵師は、神波多神社に戻り、さっそく、絵の牛のそばに松の木を一本描き、

さらに、太い綱で牛が松につながれているかのように描きなおした。  

それからというもの、田の稲が荒らされることはなくなった。

そして、その牛の絵は、実は、今も神波多神社に残っているそうだ。 (奈良の昔話より) 

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